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2009年11月15日 (日)

2度目

(かなり日がたってから書いていますが)

Ca3c0539
週末の朝、ドーナッツメーカーをさっそく使って
みました。
手のひらにコロンと乗るくらいの、小さなドーナッツ。
こうして写真で見るとおいしそうだけど、
実は材料の分量を間違えていたことに後から気づき、
ちょっと焼けすぎ・・・なドーナッツが出来上がりました。
でも本当に入れたら4~5分で焼きあがるので
ぽんぽんドーナッツが出来るし、大きな失敗はまずない、と実感。
これを基本に、いろいろバリエーションを楽しんでみようと思います。







そして今夜、二度目の『THIS IS IT』鑑賞。
友達に話したら、「同じ映画を2回映画館で観たことってないなあ~」と言われ、
よくよく考えたら私もそうかも、と思いました。
後にビデオ&DVDで観たとか、TVで放送されたのを観た、というのではなしに、
同じ映画を観るために映画館へ2度足を運んだのは、確かに初めてだったなあ。

結局、また泣いてしまったのですが!

(一緒に観たダンナには、ステージパフォーマンスの凄さに、ただただ圧倒された!!
でもなぜ泣くのか分からない?と言われたのですが・・・)
たぶん今回の涙は、「こんなに想いを込めて準備していたものを、結局実現することが
できなかったし、誰もその完成図を見届けることができなかった」無念さを
勝手に思って泣いてしまったのかも。

で、やっぱり最後に流れる大好きな曲「HEAL THE WORLD」に、
心の高まりを後押しされてしまって、涙が出てしまったのだけれど。

この映像を観て感じたことを、あれこれ反芻してみたのだけれど、
まず感じたことは、彼は世界のあらゆる”音”に、非常に繊細な耳を持っていたのだろう、ということ。
音楽的なセンスがどうこうということではなく、
生活の中で耳にする”音”と共にいろいろな景色を見て感じていたんだろうな~ということ。
逆に、彼が届けてくれる一つ一つの音にも、ものすごく景色があって、ストーリーがあると感じたからです。
それを視覚的にも見せてくれるのがステージだったんだなあと。
彼の頭や心の中の景色を、音と一緒に私たちに具体的に見せてくれる機会だったのだなあと。

映像の中の彼のこの一言に感銘を受けた人は多いみたいですが、
バックミュージシャンに音を説明するときに、「月光に浸される感じだ」というシーンが
ありましたよね。
これは、”月の光”というものを自分で感じたことがあるからこその表現だと思うし、
それを言われても、言われた側にその経験や感覚がないと、ああ、そういうことね、
って分からないかもしれない。
でも、彼はその感覚を音に託すことで、
今までそれを体験したことのない人々にも、その素晴らしさを伝えてくれていたのかも
しれない。
単に”音”だけではない、色々な世界を、音楽を通じて見せてくれていたのだなと
あらためて感じました。

あと、彼の周りのスタッフが、「彼の世界はケタ違いでないといけない」とか、
「彼のために革新的なことをするんだ」と言っているのを見て、
人にこんな気持ちを抱かせるって、すごいことだよなあ、
彼も、周りの人も、幸せだよなあ、って思いました。
これは、一仕事人として、感じたこと。

そして結局は、自分はマイケルの歌声と、彼が届ける音楽が好きだったんだなーと、
それに尽きるかもしれない。
どの曲を聴いていても、飽きないし、楽しい。
特に、彼の、うっ!くっ!とうなるような(?!)、こぶしをきかせた歌声というんでしょうか、
劇中で歌っているマンインザミラーのようなうなるような歌声が好きです。

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